サラリーマンが余暇でゲームをつくる日記
by caliyan
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カテゴリ:ゲーム論一般( 23 )

RPGっぽい風景

無事イギリスから帰ってきた。機内や乗り継ぎのための空港での待機はかなり暇なので、少しはゲームの構想も進んだかな?

突然だが、DQや(昔の)FFを始め多くのRPGでは中世ヨーロッパをベースとした世界観になっていることが多い。なので私もRPG=中世ヨーロッパ風の舞台という感覚がどっぷりと染み付いている。

日本の街並みはというと、江戸時代と今とではまったくといってよいほど違う世界となっているが、欧州では都会の片隅、ちょっと郊外に行けば昔ながらの街並みがけっこう残っていたりする。下のは今回の旅中で撮った写真。RPGで出てきそうな建物や風景だろうか。
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イギリスなどの街並みがなぜとても綺麗に見えるかというと第一には、日本のように各建物が無秩序にデザインされて勝手に建てられているのではなく、街や通りでの全体の調和を考えで高さの制限やデザインに厳しい規制があるから。日本で一番厳しい規制があるであろう京都ですら高が知れている。また都会の中でも大きな公園が数多くあり緑の率が高いこともあると思う。
あと、今回初めて気づいたことだが、イギリスの街には電柱&電線がない!これは非常に大きい。街のどこでも上を見上げれば何にも妨害されない綺麗な空が見ることができる。
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by caliyan | 2006-08-03 00:18 | ゲーム論一般

テトリスは一つの究極

DSのテトリスDS、頻繁にではないが気が向いたときにやっている。私はゲーセン、初代ゲームボーイなどからハードが変わっても時々やり続けている。
ご存知、世界中で超大ヒットしたといえるテトリス。プレイ層も子供からご老人まで幅広い。その理由として、

1. プレイするために覚えることが非常に少ない。おそらくあらゆるゲームの中で最もルールが少ないゲームの一つ。(最近のテトリスはモードが色々と増えてきて多少は複雑になってはきているが)
2. 1プレイが手ごろな時間でできる。究極の反射神経があれば無限に続けることができるのだが、大抵の場合は長くとも5~10分くらいで1プレイが終わる。ちょっとした気晴らしにちょうどよい時間である。

ここまでは、プレイヤーから見たテトリスなのだが、ゲーム製作者から見ると、このテトリスについて思うことは、、、
それはこのゲームを作るためのプログラムが非常に簡単なことである。私はおそらく2,3日あればテトリスの主要な部分は作ることができる。こんな簡単なゲームなのに(だからこそ)大ヒット。まさに製作者にとっても究極である。

私のゲームも、当たり前だが、考えていることをプログラミングしていけばいつかは完成する。先は長いが時間の問題といえる。しかし少ない労力で面白いゲームができればそれに越したことはない。なのでRPGのテトリス化を真剣に考えている。RPGならではの面白さを保ちつつ、よりシンプルにし、より手ごろにできるゲームに。かといっても単にレベル上げて敵を倒していくルーチンではないように。

当初から一応その方向性はあったのだが、(例えば舞台が島一つ)、それでもまだゲーム作成規模が大きそうなので、今までブログで書いてきたゲーム設計の抽象化=簡略化をもう少し検討してみようと思う。売りはあくまでもグループメンバー達の人間関係の相互作用を中心に。
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by caliyan | 2006-06-17 23:19 | ゲーム論一般

鍵と扉探しがRPGの基本

タイトルの通り、鍵と扉を探していくことがRPGの基本だと思う。

例えばDQ2では、
銀の鍵、金の鍵、牢屋の鍵、水門の鍵とそれに対応する扉がそのまま鍵と扉であるが、

扉 … ローラの門通過  鍵 … サマルトリアの王子
扉 … 双子の塔通過  鍵 … 風のマント
なども鍵と扉の関係と言える。

また
ラーの鏡 → ムーンブルクの王女の呪いを解く → ムーンブルク西の祠通過
水門の鍵 → 月のかけら → 邪神の像 → ロンダルキアの入り口開放
のように連続した鍵と扉の関係のものもあるし、
(DQ2では単独よりもむしろこちらの方が多い)

ハーゴンの呪いを打ち破る(扉)ためのルビスの守り(扉&鍵)を手に入れるためには
星、太陽、水、月、命の5つもの紋章(鍵)が必要となる。

このように話を進めるためには、情報を集めて鍵探しをするのはもちろんのこと、場合によっては扉自体も自分で見つけなければならない。この鍵と扉の繰り返し&絡め合わせがRPGのストーリーの基本だと考える。

ところが、プレイし終わったばかりのFF12では、、、
扉はもちろんのこと、鍵すらも自分で探し出すことはほとんどない(皆無ではなかったが)。個々のダンジョンでちょっとスイッチの切り替えがあったが、これは鍵とは言いがたい。ストーリーは自動的に流れ、ほとんどがボス敵を倒し続けていけばゲームはどんどん進んでしまう。だからFF12は私の定義ではもはやRPGからかけ離れてしまっていることになる。


ゲーム作成の状況として、メインの枠組みはできたので今はこの鍵と扉の配置を考えている段階。それにしても今回例に挙げたDQ2、これはかなり鍵と扉の配置が見事なゲームだと思う。作成するゲームの難易度はDQ2と同じ程度がやや上くらいが理想だろうか?

今回の記事はこのサイトを参考にさせていただきました。攻略を見るだけで楽しくなるものです。
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by caliyan | 2006-03-28 22:52 | ゲーム論一般

平和になった後の勇者達

シナリオを考えていく上で避けて通れなくなってきたこの命題。魔王を倒して世の中が平和になって勇者を失業した後の再就職先についてである。

1.主人公が元から王族
DQで多いケース。そのまま王様になって国を治める。DQ2,5,6、漫画のロトの紋章など。
以前にも書いたように、そもそも王族が主人公と言うのは出来すぎであまり好みではないが。

2.王族でないが王様になれる
これが一番非現実的なケース。DQ1など。まだ軍師などの方がありえるかもしれない。いくら強くとも一兵隊にすぎない勇者に政治や統率など普通無理に決まっている。FF4のセシルも王になったが飛空挺隊隊長の経験があったからまだありえるか。一番いいのはその戦闘の才能を活かした教育者だと思える。
私は現実世界でも、野球選手引退後の監督、競馬の騎手における調教師などにも同じような疑問を少しもっている。技術のコーチならまだしも。

3.元の一般庶民の生活にもどる
FFでは多いケース。一番現実的なケースと言えるかもしれない。DQ7の船乗りが最たる例だが、勇者に比べたらえらい落ちようである。一度勇者として英雄になったものが普通の一般庶民として満足できるだろうか?

4.みんなの前から姿を消す
DQ3が当てはまる。魔王を倒した直後の宴の式の最中に姿を消してしまう勇者。なんともかっこいいものだろう。
ダイの大冒険でも魔王はバーンは勇者ダイに語った。(うる覚えだけど。。。)
「このまま余を倒して戻ってもお前は間違いなく迫害される。賭けてもいい。そういう生き物だ。人間は自分達より力のある者を恐れる。」
そしてダイは
「人間にもひどい面があることは知っている。しかしおれは人間が好きだ。だから、おれはお前を倒して…、みんなの前から去る。」
ようなことを言っていた。なかなかお気に入りのシーンだった。
このように、魔王を倒してしまって魔王より力のある者がいる以上また恐れられてしまうのも当然だろう。そして例え英雄として崇められても時の権力者達にとっては邪魔者と感じてしまうのもやむを得ない面があるかもしれない。
行方不明でないが、再び旅に出て自己鍛錬を続ける者も多い。やはり闘いが忘れられないか、闘うことでしか自己表現ができない者も多そうだ。


私もシナリオを考えて、一昔前に誰かが巨大な敵を倒してその後は…ということがおそらくでてくる。やっぱり4番がお気に入りだろうか。
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by caliyan | 2006-03-14 01:22 | ゲーム論一般

塗り薬か飲み薬か

DQでの薬草やFFでのポーション、私は長らく塗り薬かと思っていました。薬草とか草をちょっと食べて即効で怪我が治るなんて到底イメージできませんし。塗り薬か飲み薬かどうかは、マンガやその他の設定でマチマチです。ダイの大冒険では薬草は食べていたし、DQ8の戦闘中の動きをみても食べてるようには見えません。

FFでは公式の攻略本にはポーションの絵が載っていて、丸い塊の薬のようでした。これだけだと飲み薬かとも思えなくないけど、FF7~10の戦闘中のポーションを使ったポリゴンキャラの動作は自分に振りかけているように見えるため、少なくとも飲み薬とは思っていなかったです。

そしてこの度、現実の世界で飲み薬ポーションが発売!公式にポーションは飲み薬、しかもドリンクだと認められてしまいました。私は丸いボールのようなポーションが気に入っていたのでちょっと残念です。

ためしに飲んでみると、薄い栄養剤のような感じ。青色のビンは雰囲気が出ててきれい。120mlで200円。総合的に見てまた買う気は起こらない…。ネットで色々見ると売り切れ続出らしい。
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by caliyan | 2006-03-10 01:28 | ゲーム論一般

3大攻撃魔法

3大攻撃魔法とはFFの黒魔法などでお馴染みの炎、冷気、雷の3系統の魔法のこと。多くのゲームの攻撃魔法でこの3つの属性は取り入れられている。最近のFFではこれに水属性を加えて4大攻撃魔法となったりしている。私は3大が好きなのでゲームでもこの3系統を攻撃魔法の基本にしたい。ゲームをプレイする際は深く考えないものだが、自分で魔法というものを考え出すと、どうでもいいことをちょっと深く考えてしまう。

■ 炎
DQでは、同じ炎でもさらに3つに分かれている。
メラ系 … 炎の玉を作り出して敵にぶつける魔法。現実には炎だけで玉なんかできないので、ボールを燃やして投げつければこれに近いイメージになるのだろうか。
ギラ系 … 説明では閃光となっている。エフェクトのグラフィクスを見ると要は火炎放射のことだろう。
イオ系 … 爆発系の魔法。ギラ系が石油を床にまいて燃える火炎放射なら、これは石油が気化してそれが連鎖して爆発を起こす現象だろうか。同じ石油でも破壊力はこちらの方が上らしい。実際の兵器でも火炎放射の兵器などはあまり見かけず普通に爆弾が多数を占めているのは火炎放射は敵に届くまでも燃え続けてエネルギーが失われあまり効率的でないし、爆発は集中的にエネルギーを開放できる、というのも理由にあるのかもしれない。
FFでもファイアやファイラは火炎放射系だが、ファイガになると敵を中心に炎の爆発を起こすエフェクトが多いことからも、やっぱり爆発の方がイメージ的にも物理的に強いのだろう。

■ 冷気
DQではヒャド系、FFではブリザド系となっている。この系統は冷気でなく氷系と言われることも多い。実際にゲームのエフェクトも氷柱が敵を襲うグラフィックが非常に多い。この場合だと寒さで相手にダメージを与えるわけでなく、氷柱で敵を串刺しすることによりダメージを与える感じで氷系と言うのも正しい。冷気系と言えるのはDQでのブレスの凍える吹雪や輝く息がそのイメージかもしれない。輝く息は氷の塊で攻撃するのではなく、まさに空気中の水分が凍り、それに光が反射して輝くほどの”冷たさ”で攻撃しているので冷気系にぴったりと言える。
私は冷気か氷かというと冷気が好みであるので、ゲームでもそういうエフェクトになりそうである。

■ 雷
DQでは勇者のみが使えるデイン系、格が高い魔法として扱われる。FFではサンダー。この雷の魔法は上空から落雷を落とすタイプと、敵グループを中心として雷源を作って放射状に雷が発生するタイプが主に見られる。後者はDQのジゴスパークなど。後者は味方にもダメージが及ぶ可能性が非常に高いので、前者の方が現実的かもしれない。そういえばロマサガ2の召雷も後者タイプの雷だが、この魔法の間は味方全員は画面外に避難するという芸の細かさだった。
こちらはどちらかというと落雷系が好みである。
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by caliyan | 2006-03-07 01:38 | ゲーム論一般

パーティ固定とジョブチェンジ

例えばDQ3やFF1などのゲーム。このころはゲームの最初に作ったパーティで最初から最後までやり遂げるのが主流だった。FF1は入れ替えは不可能だし、DQ3はルイーダの酒場で入れ替えできるが、そのキャラはレベル1からであり、それなりのペナルティを背負った。

それ以降は、DQ4から馬車による多人数パーティでいつでも入れ替え可。5でモンスターシステム、6,7はレベルの下がらない転職システム。FFでは2、4でストーリーに応じてパーティメンバー入れ替え、3,5でジョブシステム、6~10で多人数パーティ、いつでも入れ替え可、と随分と親切なシステムとなっていった。DQ8は久々の4人固定で原点回帰された形となった。

この中でFF1とFF5を取り上げて比較してみる。FF1はゲームスタート時に4人分のジョブを6つ(戦士、モンク、シーフ、白、黒、赤)から選択する。その組み合わせ数は126通り。途中クラスチェンジがあって戦士→ナイト、シーフ→忍者などとパワーアップするが中身は変わらない。スタートで決めたパーティはクリアするまで付き合わなければならない。
FF5ではジョブは22種類。FF1と同じように計算すると(バッツやレナなどのキャラの区別はしない)、12650通り。この数字だけでもジョブの組み合わせ数はFF1を遥かに超えているが、さらにFF5には覚えたアビリティを装備することができるわけだし、さらにいつでもジョブチェンジ可能。ゲーム中のパーティカスタマイズにおけるプレイヤーの取れる選択肢は無限にあるといえる。このシステムはそのときの状況や、ボス敵の攻略法に合わせてパーティをアダプティブに変更できるのが売りである。そしてジョブチェンジしてキャラの姿が変わったり新しいアビリティを覚えたりすのはとても楽しい。とても親切なシステムである。しかし親切になりすぎた感もある。
固定パーティでは、その編成具合によっては厳しいダンジョンや苦しいボス敵もでてくる。それを乗り越えるために必死で工夫する。最初に選んだジョブを活かすために考える。それらはジョブチェンジのようにワンタッチなものではない。FF1ではパーティのジョブが一人入れ替わっただけで冒険はかなり違ったものに感じられた。FF5ではきつい編成だと感じたらちょこっとジョブチェンジすればすぐ解決するかもしれない。ジョブチェンジは選択肢は無限にあるようだがその親切さが逆に楽しみ方と選択肢を奪ってる面も一部あるかもしれない。

今は固定パーティ寄りの所感を書いてたが、どちらもそれなりのよさがある。最近はジョブチェンジ系のゲームが増えたので、私が固定パーティが懐くなってるだけだろう。

…結局、言いたいことは次回に続く。
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by caliyan | 2006-02-21 01:07 | ゲーム論一般

開いたシナリオと閉じたシナリオ

主人公がシナリオに関わっていないシナリオを開いたシナリオ。深く関わっているシナリオを閉じたシナリオと呼んでみることにします。自由度のあるシナリオとは少し違います。

開いたシナリオのものはどんなゲームかと言うと、例えばDQ3。このゲームは例え村人Aでも十分な戦闘力があれば、オーブを揃えてバラモスを倒して、ゾーマも倒せるシステムとなってる。DQ1,2も基本的に開いたシナリオ。DQ1はロトの子孫でなくても強ければアイテム揃えて竜王倒せるはず。DQ2は仲間集めはロトの子孫限定だが、ハーゴンを倒すことに関しては紋章を5つそろえた後、ルビスの守りを貰うがそれがロトの子孫限定だったかは記憶にないが、それが限定じゃなかったら完全に開いたシナリオになるはず。

閉じたシナリオの代表例はFF4。
このゲームではセシルの暗黒剣士やパラディン、リディアの召喚士といったジョブがシナリオと深く結びついている。なのでほぼ一本道ストーリーだけどそれぞれのキャラの人間的背景も絡めたシナリオとなっている。

FF6は、基本的に閉じたシナリオだけど、後半はお使い的な単独イベントが多く、それらの選択の自由度は高いので、単純には閉じている=自由度が低い、開いている=自由度が高いにはならない。

キャラの成長の幅やパーティ編成の自由度では、もちろん開いたシナリオの方が断然構築しやすい。シナリオに関わるキャラがでてくればそのキャラをパーティに入れなくてはいけなくなるので、その分自由度は減少する。
閉じたシナリオでも、キャラ成長の自由度は持たせることはできる。FF5ではバッツたちはクリスタルから選ばれた光の戦士として話を進めていくけど、ジョブチェンジシステムによって多様な成長のさせ方ができる。これはバッツとさすらいの旅人、レナの王女、などとはまったく独立した戦闘のためだけのジョブシステムによって成り立っている。
一人パーティゲームの場合、パーティ編成は関係ないのだから、開いてても閉じててもキャラ成長の自由度は保つことはできる。

DQ3とFF4はそれぞれの極端な例だけど、その中間的なシナリオももちろんある。さて、どのくらい開いて閉じているシナリオを作るかは好みの問題。雑草血統を活躍させたかったらけっこう大きく開いてなければいけない。

余談となるけど、FF4、このゲームで主人公セシルが暗黒剣を捨てパラディンになるか、それとも暗黒剣士のままでいるかの二択ができていれば、それだけで感じる自由度はまったく違い、私好みの名作になったかもしれないとよく思う。。。
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by caliyan | 2006-02-16 08:44 | ゲーム論一般

ザコ敵の存在意義

ここでは、シナリオ進行上必ず遭遇することを避けられない敵をボス(中ボス、小ボス)、それ以外のランダムで遭遇する敵をザコ敵と呼ぶことにします。

彼らザコ敵の存在意義を考えてみる。

1. 倒されることによって主人公に経験値やお金を与える
多くのRPGでゲームのシステム上、非常に重要な役割となっている。しかしなぜモンスターが人間と同じ通貨を持ち歩いているのか多くの方が疑問に持ちながらも、それほど深くは考えないだろう。たまには違うシステムもあって、アニメのドラゴンクエストはモンスターはバラモスの魔力で宝石から作り出されたもので、主人公のアベル達が倒すと宝石をゲットできる仕組みであったし、MOTHERでは倒した敵に応じて、お父さんが口座にお金を振り込んでくれるシステムだった。

2.敵を倒す快感をプレイヤーに与える
ゲームバランスのよいRPGならば、ある程度、敵を連続で倒していくのは快感である。また新しい仲間が加わったり、新しい魔法を覚えたりしてそれをボスに着く前に試すのもおもしろい。ゲーム初期は苦労したザコ敵が主人公が成長して、いとも簡単に蹴散らせるようになり成長を実感できるのも快感である。
しかし、この一連の戦闘をただの「作業」とししか感じられない場合も多々ある。それをそのゲーム自体が悪い場合もあるし、私のようなRPG歴が長い者が必然的に感じてしまうものであるかもしれない。

3. 次の街やダンジョン内でボスにいくまでの間、主人公を消耗させる
「街の外やダンジョン内は危険でモンスターがうろついている」という前提で、ザコ敵は出現させられる。目的地にいくまでの苦労を実感してほしいという製作者の意図もあるかもしれないし、ゲーム内のボスが自分のところまで簡単にこられてたまるか、という思いで部下であるザコ敵を配置しているという考え方もできる。
しかし最近は「」内の前提が崩れていると感じるゲームが増えている。FFの6以降は、以前のエルフやドワーフが登場するようなファンタジーっぽくなく、現代的な乗り物や街並みの世界観であったりもする。そういう世界で突如あらわれるザコ敵達に違和感を感じることが多い。これはもはや1の目的のためだけであり、私としては「作業」としか感じられないものとなってしまっていた。

このように、ザコ敵の存在意義はそれなりにあるのであるが、私はザコ敵はださないことになりそうである。弱い敵がいないという意味でなくて、全ての敵はランダムでなく、ある条件によって出現するというシステムである。理由はいくつかあるのだけど、「作業」の徹底排除が一番の目的かもしれない。


余談ですが、最近このブログも定期的に来てくれる方が増えてきて、数日前にカウンタが1024を突破しました!早くもなのか、ようやくなのかは分かりませんが…。読んでくださっている方々、ありがとうございます。
なぜ1024なのか?と思われた方、情報系の人間は1000よりも1024(2の10乗)の方がキリがよく思えてしまうものなのですよ。一種の職業病ですね…。
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by caliyan | 2006-02-11 15:58 | ゲーム論一般

シナリオ消去法

シナリオを考え出すと戦闘パートの実装も手が止まってしまう…。やはり私は長柄族には向いていないみたいです。

シナリオはなんとなく概要ができてきて、これから詳細を考えようかというところです。でもこれから作りながらもバンバン変わっていく可能性は高いが…。とりあえず今回は私の好みによるシナリオを消去法で絞り込んでいく過程を書きます。

1. 記憶喪失
重要なキャラが登場当初は記憶を一部失くしていて、話が進んで何かイベントをきっかけに都合よく自分が何者であるかとか、重要なことを思い出すパターン。1人が複数の作品でこのパターンを使ったら、私はその人のシナリオライターとしての能力に疑問を持ちます。物語の真相を隠す最も下手な演出の一つだと思ってます。FF8は1人のみならずパーティメンバーの大半で集団記憶喪失という私としては最悪のパターン。

2. アナザーワールド
物語が後半、ないし終盤に差し掛かり、最初のワールドマップとは別に世界が登場するパターン。魔界、闇の世界、地下世界など。これは好みの問題ではなく、今回のゲームは複数のマップを用意するほど大掛かりな話は1人作成ではきついだろう、、、ということです。

3. パラレルワールド
通常の世界と、その世界と関連はあるが異なる世界とを行き来しながら話が進むパターン。むしろ好きなパターンです。この手法をうまく使えたシナリオはなかなか名作になります。ドラクエ6の夢の世界とか良い設定だと思いましたが、いかんせんあのゲームは転職特技システムがマズすぎたので完全に帳消しです…。ただこれを用いるゲームが割りと多いので個人的に少し飽き気味だから、今回の採用はないだろうということです。

4. 時を遡る
上のパラレルワールドと似てる面があるけど区別します。タイムマシーンや時の魔法によって、過去の遡ったり、延々とある時代をループしまくるパターン。これも嫌いなパターンではなく、むしろ好きな方です。ただこれは論理的に完結することが出来なくて個人的に頭が痛くなります。いわゆる「鶏が先か卵が先か」に収束されます。少しは頭によぎったけど、今のところ採用しない方向です。

5. 主人公が実はすごい人
勇者の子は勇者で取り上げたパターン。このパターンはかなり飽和しています。主人公は本当の意味で自分で運命を切り開いていってほしいもの。

6. 突如ラスボス登場
ゲームが終盤になり、突如今までのストーリーとは無関係のラスボスの存在が明らかになるパターン。当面の相手がラスボスの部下であったり操られていたパターンも含まれる。これもRPGの創世記は許されてきたけど、現代ではもはややってはいけない手法だと思っています。


とりあえず、いくつか挙げてみました。少なくともこれらは封印しておこうと思います。
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by caliyan | 2006-02-08 23:55 | ゲーム論一般